후리가나로 읽는 일본 고전
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りりょう
李陵・山月記・弟子・名人伝
中島 敦의 李陵・山月記・弟子・名人伝(りりょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,013자 · 129화면
それによると司馬談は己のまた起ちがたきを知るや遷を呼びその手を執って、懇ろに修史の必要を説き、己太史となりながらこのことに着手せず、賢君忠臣の事蹟を空しく地下に埋もれしめる不甲斐なさを慨いて泣いた。「予死せば汝必ず太史とならん。太史とならばわが論著せんと欲するところを忘るるなかれ」といい、これこそ己に対する孝の最大なものだとて、爾それ念えやと繰返したとき、遷は俯首流涕してその命に背かざるべきを誓ったのである。
父が死んでから二年ののち、はたして、司馬遷は太史令の職を継いだ。父の蒐集した資料と、宮廷所蔵の秘冊とを用いて、すぐにも父子相伝の天職にとりかかりたかったのだが、任官後の彼にまず課せられたのは暦の改正という事業であった。この仕事に没頭することちょうど満四年。太初元年にようやくこれを仕上げると、すぐに彼は史記の編纂に着手した。遷、ときに年四十二。
腹案はとうにでき上がっていた。その腹案による史書の形式は従来の史書のどれにも似ていなかった。彼は道義的批判の規準を示すものとしては春秋を推したが、事実を伝える史書としてはなんとしてもあきたらなかった。