후리가나로 읽는 일본 고전
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りりょう
李陵・山月記・弟子・名人伝
中島 敦의 李陵・山月記・弟子・名人伝(りりょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,013자 · 129화면
憑依の去った巫者のように、身も心もぐったりとくずおれ、まだ六十を出たばかりの彼が急に十年も年をとったように耄けた。武帝の崩御も昭帝の即位もかつてのさきの太史令司馬遷の脱殻にとってはもはやなんの意味ももたないように見えた。
前に述べた任立政らが胡地に李陵を訪ねて、ふたたび都に戻って来たころは、司馬遷はすでにこの世に亡かった。
蘇武と別れた後の李陵については、何一つ正確な記録は残されていない。元平元年に胡地で死んだということのほかは。
すでに早く、彼と親しかった狐鹿姑単于は死に、その子壺衍単于の代となっていたが、その即位にからんで左賢王、右谷蠡王の内紛があり、閼氏や衛律らと対抗して李陵も心ならずも、その紛争にまきこまれたろうことは想像に難くない。
漢書の匈奴伝には、その後、李陵の胡地で儲けた子が烏籍都尉を立てて単于とし、呼韓邪単于に対抗してついに失敗した旨が記されている。宣帝の五鳳二年のことだから、李陵が死んでからちょうど十八年めにあたる。李陵の子とあるだけで、名前は記されていない。