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あすなろう

あすなろう

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和33)年8月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,925 字 · 41 页

青空文庫

暇がなかったんです」

「平次の荷物は松葉屋か」

「知りません、ずっと手ぶらでした」

「まちげえはねえだろうな」

政が頷くと、岡っ引は衿を掴んでいた手を放し、湯呑の水を飲んだ。彼は他の客たちを横眼で眺め、政はふるえながら衿をかき合せた。

「平次はなにを饒舌った」岡っ引は向き直って政に云った、「いまどんなことをしているか、これからなにをしようとするか、平次の饒舌ったことを残らず話してみろ」

「これってほどのことは云いませんでした」と政は頸を撫でながら、思いだそうとするように頭を片方へかしげた、「あっしの聞いたのは、宇田川の生れで、うちは酒問屋だったって、なんでも十二三からぐれだしたあげく、長いこと上方から越後のほうとか、指物職をしながらいろんなところをまわり歩いたが、親きょうだいの顔が見たくなって帰って来た、そんなことを云ってました」

「親きょうだいに会ったと云ったか」

政は首を振った、「その宇田川町の家が子年の火事できれいに焼けちまって、親たちのゆくえも知れねえっていう話でした」

「なんていう屋号だ」

「さあ、なんて云いましたか」考えてみてから、政は答えた、「そいつは聞かなかった