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おせいとうじょう
お勢登場
江戸川 乱歩
「大衆文藝」1926(大正15)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,784 字 · 24 页
四
そんなことをした所で、何の甲斐もないと知りつつ、両手の爪は、夢中に蓋の裏を、ガリガリと引掻いた。爪のはがれることなど、彼はもう意識さえしていなかった。断末魔の苦しみであった。併し、その際になっても、まだ救いの来ることを一縷の望みに、死をあきらめ兼ねていた彼の身の上は、云おう様もない残酷なものであった。それは、どの様な業病に死んだ者も、或は死刑囚さえもが、味ったことのない大苦痛と云わねばならなかった。
四
不倫の妻おせいが、恋人との逢瀬から帰って来たのは、その日の午後三時頃、丁度格太郎が長持の中で、執念深くも最後の望みを捨て兼ねて、最早や虫の息で、断末魔の苦しみをもがいている時だった。
家を出る時は、殆ど夢中で、夫の心持など顧る暇もないのだけれど、彼女とても帰った時には流石にやましい気がしないではなかった。いつになく開け放された玄関などの様子を見ると、日頃ビクビクもので気づかっていた破綻が、今日こそ来たのではないかと、もう心臓が躍り出すのだった。
「只今」
女中の答えを予期しながら、呼んで見たけれど、誰も出迎えなかった。開け放された部屋部屋には人の影もなかった。