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ちいさこべ

ちいさこべ

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1957(昭和32)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,480 字 · 67 页

青空文庫

言葉はそのままではなかったろう、口に出さなかったのだからわからないが、茂次の頑固さに肚が立って、そんなようなことを云ってやりたかった。

――そうよ、そんなふうなことを云ってやりたかったのよ。とおりつは思った。でもよく覚えていたものだ、こっちで云いもしないことを、あんなふうに覚えているなんてふしぎだ。小さいじぶんあたしをぶったこともちゃんと覚えていてくれたし、いつか重吉があたしに悪態をついたのを聞いて、心配してくれたこともある。そうだ、「おゆうさんとうまくいかなかったらそう云ってくれ」と云ったこともあった。そのほかにもいちいちは数えられないが、自分に対してこまかく気を遣ってくれる。口は重いしぶっきらぼうだけれど、やさしい劬りがそのはしはしに感じられる。

――本当はおゆうちゃんよりもあたしのほうが好きなのかもしれないわ。

そう思うなりおりつは首を振った。好きにもいろいろある、ばかなことを考えるものではない。茂次の嫁はおゆうにきまっているのだ。育ちでも教養でも縹緻でも、おゆうこそ「大留」の主婦にふさわしい、自分なんかが逆立ちをしたって及ぶものではない。