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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

隼人は痛みでも感じたかのように、顔を歪めながら眼をつむった。

――きいといっしょになって朝田家を立てないか。

そう云った帯刀の言葉は、まだなまなましく耳に残っているし、きいがそれを承知だということも、ほぼ間違いのないことであった。隼人ときいとは二つ違いで、幼いころは死んだ兄よりも仲がよかった。年が近いので結婚などということは考えたこともないし、兄の嫁になったときも嫉妬感などはなく、ちょっとがっかりはしたが、兄のためによろこんだものであった。しかし、帯刀からそう云われたときには、どきっとするほどそれがもっとも自然であり、もともと二人はそうなるようなめぐりあわせのうえで生きて来た、というふうに思えたのであった。

――帯刀は独断で云ったのではない、あの人の意志を慥かめたか、少なくともあの人が承知することをみぬいていたのだ。

帯刀がその話をもちだしたとき、隼人は考えてみようと答えた。ことによったらそうしてもいい、という気持が動いたし、兄も認めてくれるだろうと思えた。だが、これからここに住みついて、村の住民と一生をともにするとすれば、きいとのことは断念しなければならない。