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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
人もいなかった、ところがいまはまったく違う、貴方は決して怒らないし、気の弱い母親のような眼で人を見る、――朝田さん」岡村はそこでもっと声をひそめた、「いったい貴方はなにを考えているんですか」
隼人は初めて顔をあげた。
「西沢をどうするんです」と岡村が云った、「白状しますが、このまえ小池帯刀さんがみえたとき、じつはお二人の話を聞いてしまったんです」
隼人は眼をつむった、「どういうわけだ」
「知りたかったからです」と岡村は云った、「貴方が番頭になって来られると聞いたときから、私はおよその事情を察していました」
「その話はまえに済んでいる」
「そのとおりですが、私はそのままは信じなかった、私は貴方が本心を隠していると思いました」と岡村は云った、「それ以来ずっと、私は貴方のなさることをゆだんなく見まもっていたんです、そこへ小池さんが来られたので、これはなにかあると思うのが当然でしょう」
そう思ったのは自分一人ではない、西沢半四郎も不安そうなようすで、隙があれば隼人の部屋へ近づこうとしていた。そうさせないためもあって、自分はわざと西沢に見えるように、部屋の外に立って、二人の話を聞いたのである、と岡村七郎兵衛は云った。