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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
呼吸が苦しくなったように、唇があいて、息づかいの荒くなるのが聞えた。
――おれは無慚なことをしている。
隼人は歯をくいしばった。
――だがこれはどうしてもやらなければならないことだ、これは兄へのたった一つの供養であり、西沢を立ち直らせるためにも、避けてはならないことだ。
隼人は矢を射かけられたことを思い、頭上から岩を落されたことや、かけはしでの出来事を思い、また、死んだ唖者娘いちのことを思った。だが、怒りや、憎悪感は起こらなかった。
兄に対してしたことをも含めて、西沢半四郎はみじめに敗北している。これらのことが誰にも知れずに済んだとしても、彼自身、自分がみじめな敗北者だということは、骨に徹してわかっているだろう。可哀そうなやつだ、と隼人は思った。
西沢は手紙を読み終った。
彼はひろげたままの手紙を膝に置いて、頸の骨の折れるほど低く、頭を垂れた。それは切腹をした者が、介錯の刃を待つ姿勢そのままにみえた。
「その手紙は西沢が焼いてくれ」と隼人が咳をして云った、「やむを得ない事情で、小池帯刀にだけは読ませたが、ほかに読んだ者は一人もない、小池が他言しないことは云うまでもないし、手紙を焼いてしまえば証拠はなにも残らなく、それでこれまでのことは縁が切れるのだ」