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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
それから頷いて、きいに酒の支度をさせてあるから、久しぶりに一杯つきあわないか、と云った。隼人は「そうだな」と口ごもった。気のすすまないようすだったが、それでも帯刀が立つと、いっしょに立ちあがって、母屋のほうへいった。――焼いた干物になます、菜の浸し物に野菜の甘煮、椀は落し卵の吸物に、凍豆腐の味噌汁というつつましいものであったが、給仕に坐ったきいは薄化粧をしていた。隼人は盃に二つか三つしか飲まなかった。酒には強いほうなので、きいが幾たびかすすめたが、薄化粧をしたあによめの姿が眩しいとでもいうように、隼人は眼をそらしながら穏やかに辞退した。――帯刀は少し酔うと高ごえになる癖があり、その声を聞きつけたのだろう、小一郎が寝衣のまま起きて来、襖をあけて覗いた。
「やあい」と小一郎は云った、「小池の伯父さんが酔っぱらってらあ」
きいが驚いて振返り、「小一郎さん」と叱ろうとしたが、帯刀はいい機嫌で、あぐらをかきながら手招きをした。
「起きていたのか坊主」帯刀はあぐらに坐った膝を叩いた、「こっちへ来い、抱いてやるぞ」
きいが制止するより早く、小一郎はとんで来て、帯刀の膝へ腰をおろし、すばやい眼つきで隼人の顔を見た。