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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

隼人は立停って岡村を見た、「権八にそんなことをする理由でもあるのか」

「特にこれという理由はないでしょうが、権八に限らず、部落の人間はみな木戸の者を憎んでいますからね」

「どうして」

「どうしてですって」岡村は吃り、また肩をゆりあげた、「――だってその、囚人が牢守を憎むのは当然じゃありませんか」

隼人はなにか云いかけたが、口をつぐんでまた歩きだした。道をくだりきったところに、平らな石を積んだ道標のようなものと、すっかり朽ちてしまった杭のようなものがあった。岡村七郎兵衛はそれを指さして、昔はそこに流人村という標の石が立ててあり、柵がまわしてあったのだ、と説明した。

「どうしても中へはいるんですか」

「そのために来たんだ」

「よろしい、では正内老人のところへ寄りましょう、老人がいっしょならまず安全です」

それはどういう人間か、隼人はそう訊こうとしたが、口には出さなかった。標の石のあるところは、部落の最上部であった。石で組みあげた台地は五段になってい、一段に五棟から七棟の家があった。――ちょうどそのとき、部落を越した向うの断崖の上部を、朝の日光が赤く染めだし、その赤い色のしだいにひろがってゆくのが眺められた。