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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

――昨日はそこから引返したのであるが、隼人は暫く眺めていたのち、岩のごつごつした、狭い、不規則な電光形になっている道を、ゆっくりとおりていった。うしろから岡村七郎兵衛が、部落までゆくのかと訊いた。そのつもりだ、と隼人は答えた。

「ちょっと待って下さい、それは考えものですよ」

「ひと廻りするだけだ」

「貴方はまだ御存じないでしょうが、部落の中には桁外れな人間がいます」と岡村が云った、「生田さんが崖から落ちたのもあやまちではなく、権八に突き落されたのだ、などという話さえあるくらいです」

「根拠のある話か」

「おそらくあやまって落ちたのでしょう、供を五人伴れていましたが、五人とも生田さんが足を踏み滑らせて落ちるのを見たということです、もっとも、そこは七曲りといって、断崖の中腹を削った狭い道が幾曲りもしているし、生田さんと供の者たちとははなれていたようすなので、落ちるのを、本当に見たかどうかはわからないんですが」と云って岡村は肩をゆりあげた、「――死躰をあげにいったとき、崖の上から覗きこんでいた者があり、それが権八だったということで、そういう噂が出たのだろうと思います」