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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
「飲むものが欲しい」と隼人は云った、「それから、木戸へ戻ろう」
「それは無理です」と脇のほうで誰かが云った、「頭をひどく打っておられるし、熱もまだ高いようです、いま動かれてはお躯に悪うございましょう」
岡村七郎兵衛が「薬湯です」と云った。隼人は注意ぶかく半身を起こして、湯呑の中のものを啜った。うす甘く辛味があって、いやな匂いが鼻をついた。頭の中にもう一つ痛む頭があるような感じがし、骨という骨がずきずきした。どうやら動けそうもないな、隼人はそう思って、またゆっくりと横になった。
「あの女はどうした、岡村」と隼人は頭にひびかないように、かげんをしながら訊いた、「あの女はどうして打たれていたんだ」
岡村ではなく、べつの声が答えた。
「男の知れぬ子をみごもったのです」とその声が云った、「ぶろうという者の娘で、名はいち、年は二十になります、生れつき知恵のおそいうえに唖者ですが、相手が誰かということはわかっていて、どうしてもそれを告げようとしないのです」
ここは流人村であり、昔から住民は厳しい掟にしばられていた。その一に「密通」の禁があって、それを犯した者は死ぬまでの笞刑に処された。