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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
罪人の子孫を殖やさないため、特に重刑を科したらしい。ずっと昔に幾たびか実例があり、女のほうは打ち殺されたが、男はみな逃げたということである。
「六十年ほどまえ、旅の行者の狐騒動ということがあって、住民の半分ちかくが死にました」と語り手は続けた、「それから密通の禁もゆるやかになり、いまでは木戸の監視も殆んど解かれたようなかたちですが、――権八はあの娘と夫婦になるつもりでいたものですから、昔の掟を盾に取って、あのような無態なことをやったのでございます」
隼人は静かに声のするほうを見た。炉端に一人の老人が坐り、長い金火箸で炉の火のぐあいを直していた。年は七十ちかいだろうか、逞しい躯と、顎の張った長い顔に、一種の威厳が感じられた。髪の毛は灰色であるが、眉毛は黒ぐろと太く、口許にも壮者のような力があった。それが正内老人であった。
「権八というのは、殴っていた男か」と隼人が訊いた。
老人はゆっくりと頷いた、「水牢につないでおきました」
「水牢だって」
「いや、昔の水牢でして」と老人は炉の火をみつめたままで云った、「――岩を掘った穴の上へ造った牢です、昔は罪人を鎖でつなぎ、腰まで浸るように水を引いたものだそうですが、いまでは樋もありませんし、牢の中はよく乾いております」