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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
放してやれ、と隼人は云おうとして、それを云う気力もなく眼をつむった。
それからまる三日、彼は高熱に悩まされながら、半睡半醒の時をすごした。岡村七郎兵衛はずっと付いていたし、木戸からも幾人かみまいに来たが、隼人は正内老人と、看病してくれるあやという娘に興味をひかれた。あやの年は十七歳、いつも水で洗ったばかりのような爽やかな顔つきで、眉と眼が際立って美しかった。正内老人のところへ読み書きの稽古にくるそうで、「今日まで続いたのはこの娘ただ一人です」と老人は云っていた。――あとから考えると、権八に襲われ、老人の世話になったことは、彼にとっては極めて幸いであり、七日めに木戸へ戻るまでには、その部落に伝わっている故事のかずかずを聞き、住民たちにもかなり会うことができた。このあいだにほぼ察せられたのであるが、「住民たちがけもののような生活をしている」という評が、かなり事実に近いこと、また、かれらが正内老人を心から尊敬し、頼りにしていることなどであった。
隼人はいちど、自分が番頭になって来た目的を、正内老人に話してみた。そのとき老人は暫くのあいだ、炉端から黙って隼人を見ていた。