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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
と叫びながら、自分の躯をぴったりと崖の岩肌へ貼りつけた。殆んど同時に、上から落ちて来た岩――それは一と抱えもありそうにみえた――が、彼の躯をかすめて道の端を叩き、岩角を打ち砕いて、断崖の下へ消えていった。断崖の下のほうで、岩の砕ける音がこだまして聞え、その音が聞えなくなるまで、隼人は崖に身を押しつけたまま動かなかった。
「松木――」とやがて隼人が呼びかけた、「けがはないか、大丈夫か」
「私は大丈夫です」
「いいと云うまでそこを動くな」
隼人は顔だけそろそろと振向けた。十二三尺うしろで、松木も崖へぴったりとかじりつき、恐怖の眼でこっちを見ていた。
――権八に限らず、村の住民はみんな木戸の者を憎んでいる。
――囚人が牢守を憎むのは当然のことだ。
いつか岡村七郎兵衛の云った言葉が、隼人の耳にはっきりとよみがえってきた。
「いや」隼人は喉で云いながら首を振った、「そうとは限らない、そうとは限らない」
彼は極めて慎重に、仰向いて崖の上を見ながら、崖に貼りついたままで、静かに左へと、横向きに躯を移していった。朝田さん大丈夫ですか、と松木が叫んだ。大丈夫だ、おまえはまだ動くな、と隼人が叫び返した――三十尺ほど移動すると次の曲り角になり、そこから振返ると、いまの道を見渡すことができる。