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ちゃん

ちゃん

山本 周五郎

「週刊朝日別冊陽春特別読物号」朝日新聞社、1958(昭和33)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,377 字 · 45 页

青空文庫

と女が呼びかけた、「どうしたの、素通りはひどいでしょ」

重吉の足がのろくなり、不決断にゆっくりと振返った。

「お寄んなさいな、新さんも来ているのよ」

「しんさん、――檜物町か」

「金六町、新助さんよ」

女がそう云ったとき、家の中から男が首を出して、よう、と声をかけた。

「久しぶりだな、一杯つきあわないか」

「うん」と重吉は口ごもった、「やってもいいが、まあ、この次にしよう」

「なに云ってんの」と女がきめつけた、「それが重さんの悪い癖よ、いいからおはいんなさい、さあ、はいってよ」

女は重吉を押しいれた。そうして、戸口の表に飾り暖簾を掛けてから、中へはいってみると、新助が独りで盃をいじっていた。

「手を洗いに奥へいったよ」と彼は女に云った、「しかし、どうしたんだ、お蝶さん」

お蝶と呼ばれた女はこの店のあるじだろう。土間をまわって台の向うへはいり、おでんの鍋を脇にして腰をおろした。それは三坪足らずの狭い店で、台囲いに向って板の腰掛がまわしてあり、土間のつき当りにある暖簾の奥は、女あるじの住居と勝手になっているようだ。

「どうかしたのか」と新助は暖簾口のほうへ顎をしゃくった、「それが悪い癖だって、――どういうことなんだ」