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ちゃん

ちゃん

山本 周五郎

「週刊朝日別冊陽春特別読物号」朝日新聞社、1958(昭和33)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,377 字 · 45 页

青空文庫

「なんでもないの」お蝶はそう云って、おでん鍋に付いている銅壺から燗徳利を出し、ちょっと底に触ってみてから、はかまへ入れて新助の前に置いた、「熱くなっちゃったわ、ごめんなさい」

「そうか」と新助はうなずき、くすっと笑って云った、「あいつらしいな」

「なにがよ」

「こっちのことだ」と新助は云った、「しかし、断わっておくが、今日の勘定はおれが払うからな、あいつに付けたりすると怒るぜ」

お蝶はうしろへ振返り、大きな声で呼んだ、「おたまちゃん」

奥からもうすぐですという返辞が聞え、暖簾口から重吉が出て来た。

新助は重吉に場所をあけてやり、そうして二人は飲みはじめたのだ。やがて、おたまという女があらわれ、お蝶は代って奥へはいったが化粧を直して戻ると、店には新しい客が二人来ていた。――

日本橋おとわ町のその横町は、こういった小態な飲み屋が並んでおり、どの店にも若い女が二人か三人ずついて、日がくれると三味線や唄の声で賑やかになる。このときもすでに、近くの店から三味線の音が聞えはじめ、まもなくお蝶の店にも幾人か客が加わって、腰掛はほとんどいっぱいになった。

「檜物町に会ったか」