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へちまのき

へちまの木

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页

青空文庫

「源さんとはとしが違うからな」木内は顔をくしゃくしゃにし、口だけは負けずにやり返す、「――そのうちにだんだん勉強するつもりだけれど、そんなに変った女がいたら教えてもらいてえな」

「おらあ三十五のとしから女は断ってるんだ」と源さんは版木に向かいながら云った、「しかし女ってやつは一人として似た者はいなかった、顔かたちはもちろん、あのほうの好みだって、からだのぐあいだって、声の出しかただって、みんなそれぞれに違うんだ、おまえさんの書く物は引写しで、生きた女は一人も出ちゃあこねえ、これじゃあいくら安手のわ印だって売れやあしねえぜ」

「三十五から女を断ったって、どうしてだい源さん」木内は筆を動かしながら、それとなく話を変えた、「なにかいわくがありそうじゃねえか」

「弁慶は一遍きりで女を断った、っていう話を聞いたこたあねえかい」

「おらあ源さんのことを聞いてるんだ」

「てめえのざんげ話をするほどぼけちゃあいねえよ」

裏座敷の喧嘩はおさまったらしく、おそでの鼻にかかった、あまだるいような呻き声が、とぎれとぎれに聞えてきた。まもなく木谷桜所があらわれ、品のいい声と身ぶりで、一と綴りの記事を木内桜谷に渡し、いい瓦版になりますよと云って、いかにも品のいい身ぶりで去っていった。