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へちまのき

へちまの木

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页

青空文庫

二

木内桜谷は笑いだした。昏れがたの街の、往来する人たちが振り向いて見るほど、大きな笑い声であった。

二

「これがおれのねぐらよ」と木内は云った、「飲むか、若いの」

「焼酎はだめだ」房二郎は自分のおくびの酒臭さに眉をしかめた、「酒ももうたくさんだ」

「おまえさんお武家だね」

「そんなことはどっちでもいいじゃねえか、人足だろうと駕籠かきだろうと、人間が人間だということにゃあ変りはねえさ」

四帖半と六帖の、裏長屋のその住居には、火のない長火鉢と小さな茶箪笥、そして竹行李が一つしかなかった。それらは古道具屋から買ったものらしく、長火鉢も茶箪笥もこばが欠けたり、板にひびがいったりしてい、竹行李などは四隅がやぶれていた。

「しかし文華堂へ勤めるとなると」と木内は湯呑茶碗で焼酎を啜りながら云った、「人別だけははっきりしなくちゃあならねえからな」

「そいつあとんだへちまの木だ」

「へちまがどうだって」

「こっちのことさ」と房二郎は云った、「姓は池原、名は房二郎、としは二十三歳、――池原は千二百石の旗本で、屋敷は芝の桜田小路、おれは三男で養子にやられようとしたので、家出をして来たというところだ、このくらいでいいかい、親方」