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へちまのき
へちまの木
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页
彼は文華を突き放した。文華はよろけていって、障子ごと廊下へ仰向けに倒れた。そのとたんに木内桜谷がはね起き、いきなりちょび髭に馬乗りになって、片手で衿を掴み、片手で相手の頬を、撫でるように殴った。
「この野郎、人をばかにするな」と木内はどなった、「人をばかにするな、この野郎、このちょび髭野郎、人をなんだと思ってるんだ」
本当に怒ったときには、人間には思うようなあくたいがつけないものだ、と房二郎は自分のことをこめてかなしく思い、木内桜谷の肩を叩いて、もういいよ、帰ろうと云った。そこへ階下から、女狐のおそでが駆けあがって来、ちょび髭が組伏せられているのを見るなり、逆上したようにきーっと叫んだ。
「泥棒や、人殺しや」とおそでは足踏みをしながら喚いた、「誰か来て下さい、泥棒ですよう、人殺しですよう」
そして、木内桜谷にむしゃぶりつこうとした。房二郎はそれを突きとばし、木内の肩を掴んで文華から引き剥がした。刷り部屋はしんとしていて、人の声も聞えず物音もしなかった。おそでは仰向けにひっくり返り、としに似合わぬまっ赤な下の物と、焦茶色の脚が、云いようもなく醜悪に房二郎の眼にうつった。