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へちまのき
へちまの木
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页
「まさか泣きだすんじゃあないだろうな」房二郎はからかうように云い、木内の腕を取ってむりやりに立たせた、「もう一と跨ぎで長屋の木戸だ、さあ、帰りましょう」
「それがだめなんだ」
「なにがだめなんだ、おまえさんのうちじゃあないか」
「女房が来ているんだよ」木内は力のぬけたような声で云った、「ちょび髭が月手当をあげると云った、それだけあれば夫婦二人のくらしは立つと思ったんで、箱根から呼び戻したんだ、一昨日返事があって、今日の夕方にはこっちへ着いている筈なんだ」
ちょび髭の前に平つく這い、恥も外聞もなく泣きごとを並べた木内桜谷の姿が、房二郎には改めていたましく、思いだされた。
「大丈夫だよ」と彼は云った、「夫婦の仲じゃないか、それに箱根までいって稼いで、あんたに貢ぐほどの人だ、事情をよく話せばわかってくれるさ」
「そういう女房だからこそ、よけい顔が合わせられないんだ、――いっしょに来てくれるか」
房二郎はどぎまぎし、「おれがか」と反問し、すぐに頷いた、「いいよ、おれでよければいっしょにゆこう」
「済まねえな、恩にきるぜ」
木内桜谷はよろめき、房二郎の肩に凭れかかった。