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かずえはいそがしい

主計は忙しい

山本 周五郎

「奇譚」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页

青空文庫

「お早うございます」二人は道を避けて挨拶した、「――いいお日和でございます」

主計はかれらの前を風のように擦過した。

「ああお早う、いい日和だな、いつも精が出るな、御苦労」

こう答えたのであるが、二人の耳にはあいうえおという風にしか聞えなかった。――主計は脇の入口からとびこんで、自分に当てられた着替え部屋へはいった。弥一郎という十三歳になる内門人の少年が、手になにか持って、口をもぐもぐさせながら追って来た。

「牧野先生お早うございます。木下さんが来て待っておいでですよ」

「木下、――どこの木下だ」

「めだまですよ、めだまの木下さんです」

「そういうことを云ってはいかんと云ってあるだろう、なにを喰べてるんだ、一つよこせ」少年の持っている紙袋へ手を入れ、二つ三つ摘んで口へ抛りこむ、「――なんだ、松華堂の玉露糖じゃないか、こんな贅沢なものをどうしたんだ、買い食いをするひまがあったら少しは稽古をしろ」

「いいえ買い食いなんて」少年はひどく狼狽した、「――これは貰ったんですよ、本当です、武田さんに貰って」

だが主計はもう廊下へ出ていた。いちど道場を覗いて、「すぐ始めるぞ」