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かずえはいそがしい

主計は忙しい

山本 周五郎

「奇譚」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页

青空文庫

二

「まいった――」

主計は二間ばかりとび退ってこう叫んだ。それからすぐ相手のそばへいって、ずいぶん厳しいなと低いこえで囁いた。

「少し厳しすぎる、ほかの者にはいけないな、やるときはおれを相手にするがいい、まちがうととんだことになるよ」

二

平之助は苦い顔でなにか云おうとしたが、主計はもう振返って、「さあ河村いこうか」と次の者に稽古をいどんでいた。――二時間して道場をあがると、裸になって裏の井戸端へとびだした。ふつうは雑用をする内門人に世話をさせるのだが、彼はひとりでがらがら水を汲みあげ、五六杯肩から浴びて膚の赤くなるまで手拭で擦る。春とはいっても二月初旬のことでまだかなり寒いが、これは真冬の烈風や雪の日でも同じことだ。……きゅっきゅっと音のするほど躯を擦っていると、庭をまわって一人の娘がこっちへ来た。この家のむすめ折江である、上わ背もあるし手も足ものびのびとした豊かな躯つきで、眉の長い眼もとのやさしいおっとりとした顔だちをしていた。

「やあこれは」主計は吃驚して、まだ濡れている躯へ浴衣をひっかけた、「――これはどうも、お早うございます、いや、もうそれほど早くはありませんな、どうなさいました、なにか御用ですか」