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かずえはいそがしい

主計は忙しい

山本 周五郎

「奇譚」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页

青空文庫

そこまで云いかけた主計は、とつぜん飛鳥のように立って後ろの襖を明けた。それまで立聞きをしていたのだろう、弥一郎があっと云って逃げようとする、

「待て、弥一郎」

主計はとびかかって、少年の肩を掴み、そこへひき据えた。弥一郎は唇を白くし、がたがたと震えていた。――襖の向うで二人の対話を聞くうち、すっかり動顛し怯えたものらしい、ひき据えられるとすぐに、そこへ手をついて震えながら告白を始めた。

「おゆるし下さい、私はなにも知らないのです、なにも知らずにあんなことをしたのです、いやだったんですけど、怒られるのが怖かったもんですから、それに、――牧野さんが堕落するのを直すためだからと云われて」

「誰だ、そうしろと云ったのは誰だ」

「武田さんです」

主計の顔にさっとなにかがはしった、水面を一陣の風がはしるように、――彼はいま思いだす、平之助の絶望的な状態を、法外れの奇手をあみだす苦しまぎれのもがきを、こんな下手くそな中傷の仕方を、……そしていま当人が折江に付いて旅に出たことを。

「先生、――今日の稽古を休ませて頂いてよろしゅうございましょうか、実は申しわけのないことですがお嬢さまに付けて武田を」