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かずえはいそがしい
主計は忙しい
山本 周五郎
「奇譚」1940(昭和15)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页
平之助はなにも云わなかった。歯をくいしめ、かっと眼を瞠り、暫く呼吸をはかっていたが、とつぜん跳躍すると「えい」つんざくように叫んで籠手を返す、刀は主計の左脇から面上へのびたが、同じ刹那に主計の躯が棒のようになり、その刀が大きく、のの字を描いて光った。――平之助はあっと叫び、刀をとり落してだっと左へのめったが、若木の梅のえだに躯をぶっつけて顛倒した。……すると彼の躯の上へはらはらと、梅の花が雪のように白く散りかかった。
「これでわかったろう」主計は丁寧に刀を拭いながら云った、
「――右手の肱の筋を斬ったんだ、もう剣術はやめるがいい、おまえのはいつか必ず身を滅ぼす剣だ、なにかほかのことで身を立てるんだな」
平之助は倒れたまま、苦しげに喘いでいた。
「医者に来るように云うから此処にいるがいい、じゃあ元気になれよ、気を変えればなにをしたって楽しく生きられる、縁があって会うようなときには、おまえの明るい顔がみたいものだ、――武田、正直に生きるということはそれだけでもいいものだぞ」
そして主計は馬を曳きだし、さっさと梅林から出ていった。
――医者をみつけて、武田の手当を頼んで、道場へ帰って、改めて結婚を申込んで、仲人を誰に頼むか。