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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

「どうしたんだ、え?」

彼女は答えなかった。

「僕が嬉しいと云ったのが悪い?」

「いいえ、いいえ、」と彼女は云った、「そんなことじゃないの。……だって、あんまりですもの……。」

啓介は漠然と、彼女の感情の動きを理解した。然し彼の心には、或る晴々としたそして痛いような明るみがさしていた。

「余りいろんなことを考えないがいい。」と彼は云った。「お前は長い間の看病に弱りすぎている。……然し真実は貴いものだ。真実を回避しようとしてはいけない。僕の云った本当の意味は、今にお前にも分る。」そして彼は水枕の上に頭を仰向に落付けた。「額の氷を新らしくして来てくれない?」

「ええ。」と彼女は答えて、なお暫く坐っていた。それから氷嚢を持って立っていった。

彼はまじまじと天井を眺めた。室の中は薄暗くなりかけていた。彼は心の中にさしている落付いた明るみを取逃すまいとするようにして、仄白い天井板に眼を据えていた。

信子が氷嚢を取代えて戻って来ると、啓介は涙ぐんでいた。彼女が、氷嚢の紐を台木に懸けて彼の額に適度に当てがってくれる間、彼は眼を閉じていた。

「木下君はまだ帰って来ないか。