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くちびるそう
唇草
岡本 かの子
「週刊朝日」1937(昭和12)年8月2日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,002 字 · 14 页
すると千代重の深切は権柄ずくになるほど、却って度を増すのである。
「この位なこと恥かしがることがありますか、恋愛したり、子供を産んだり、さんざん恥かしいことを平気でして来た癖に」
栖子は黙って任すより仕方がなかった。
「でも、どうして千代重さんはそんなに女のことをよく知ってらっしゃるの、不思議だわ」
「ちょうどあなたと同じようなぼんやりの従姉が、僕にありましてね。小さいときから、しょっちゅう面倒を見てやらなきゃならなかったんです。僕だって男ですから、あんまりこんなこたあしたかありませんよ」
そうはいいながら、真実千代重は非実用的な女の面倒を見るのに適している風だった。
手足のないような若い主婦と、すべてを引受けて捌いてやる青年の助手。この間に事が起りそうで、案外さらさらと日常が過ぎて行った。
栖子はやっぱり尾佐を想っていた。彼は今こそ性格が朦朧となりつつあれ、溌剌とした恋愛時代の尾佐の熱情を憶って、栖子はその夢の尾をまだ現実の尾佐の上に繋いでいるとでもいったらいいかも知れない。
栖子は千代重が指図して行った蚕豆の莢を盆の上で不手際に剥ぎながら、眼はぼんやり花畑を眺めていた。