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うそアつかねえ

嘘アつかねえ

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1950(昭和25)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,523 字 · 24 页

青空文庫

あとは口の中でもぐもぐ云って、かなりしっかりした足つきで、松は歩いていった。

――危ないな、悪く暴れるんじゃないかな。

信吉はちょっと不安になり、それとなくあとからついていった。松は横丁へ曲ったが、そこは家が三四軒しかなく、向うは空地で、つまりその貧しい一画の隅に当るらしい。松は左側の長屋の、いちばん端の家の前へ寄っていった。

――戸を蹴破ってはいんなよ。

松が子供のときそう思ったという、その言葉がふっと信吉の頭にうかんだ。しかし、松は閉っている雨戸の前で、遠慮がちな、低いよわよわしい声で呼んだ。

「――阿母ア、けえッたぜ、あけて呉んな、けえッたぜ阿母ア」そして指の尖で、トントンと軽く、ほんの軽く雨戸を叩いた。

信吉は逃げだしたくなるのをがまんした。歯をくいしばるような思いで、松の哀しい呼声と、訴えるような戸を叩く音を聞いていた。やがて家の中から女がだみ声でどなる、あけすけな、仮借のない罵詈が聞える。だが信吉はがまんして苦行でもするかのように耳を澄ましていた。

「そんなこと云わねえでよ、あやまるからよ、なあ阿母ア、外は寒くッて、……おらあこごえ死ンじまうよ、なあ阿母ア、おらあこのとおりあやまるからよ、なあ、……なあ」