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よっかのあやめ
四日のあやめ
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,200 字 · 38 页
いやそれは良人ではない、痩せた皺だらけの老婆の顔、いましがた鏡の面に映った(ように思った)あの老婆の顔である。千世は恐怖のあまり吐きけにおそわれ、その吐きけから逃げようとでもするように、寝間へはゆかないで自分の居間へ戻った。
――あの老婆の顔はなにかの知らせだ、慥かに、まえにもあんなことがあった。
千世は坐って鏡を見た。白く乾いたような自分の、怯えて歪んだ顔が映った。血のけのひいた唇が見えるほどふるえている。彼女はその唇を噛んで、それから舌で濡らした。
「いいえ、そうではない」と千世は首を振りながら鏡の中の自分に云った、「決してそうではない、自分も武士の妻だ、良人の危険が怖ろしいのではない、あたしだってそれほどみれんな女ではない、ただ、いますぐに起こしては悪いような気がする、なにか考えなければならない大事なことがあるようだ」
深松伴六の知らせて来たのは重大な事であった。
彼は「とうとう徒士組と衝突した」と云った。それは馬廻りの者と徒士組の者とが決闘するという意味であった。徒士組と馬廻りとのあいだに、数年まえから根強い確執があり、いちどは衝突が避けられないだろうといわれていた。