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なつめせんせいのついおく
夏目先生の追憶
和辻 哲郎
「新小説」1917(大正6)年1月臨時号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,272 字 · 21 页
寂しく悲しく苦しかったに相違ない。(たとえ種々の点でいわゆる徹底家よりも「あきらめ」に沈んだ先生の方がはるかに徹底していたとはいえ。)
それゆえ先生は「生」を謳歌しなかった。生きている事はいたし方のない事実である。望ましいことでも望むべき事でもない。ただしかし生きている以上は本能的な生への執着がある、しなければならない事、則らなければならない法則もある。それは苦しいかもしれない、苦しくてもやむを得ない。――そもそも生きる事が苦しむ事なのである。生きている以上は種々の日常の不快事を(他人の不正や自分自身の不完全や好ましくない運命やを)避ける事ができぬ。むしろそれらの不快事が生きている事の証拠である。人生とはもともとかくのごときものにほかならなかった。
しかし先生は「死」を「生」より尊しとしながらも、「死」を謳歌しなかった。死もまたいたし方のない「事実」として存在する。それは瞑想する自分には望ましい事実であるが、本能的には恐ろしい。強いて死を求めるのは不自然である。けれども死が人間の運命だという事は人間の不幸ではない。従って死んでもいいし死ななくてもいい、生きていてもいいし、生きていなくてもいい。