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なつめせんせいのついおく

夏目先生の追憶

和辻 哲郎

「新小説」1917(大正6)年1月臨時号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,272 字 · 21 页

青空文庫

九

先生は眼の作家であるよりも心の作家であった。画家であるよりも心理家であった。見る人であるよりも考える人であった。小説家であるよりもむしろ哲人に近かった。そのためか、先生の作物に写実味の乏しいことは、さほど気にならない。(しかしドストイェフスキイが自分を写実主義と呼んだ意味でならば、先生もまた写実主義者である。)

私は先生の芸術に著しいイデエを認める。一の作物の結構はすべてそのイデエから出ているように思う。この意味で先生の作物はかなり「作られた」という感じの強いものである。しかしその感じはイデエの力強さの下にすぐ消えて行く。そうして我々は赤裸々な先生の心と向き合って立つことになる。

我々は先生の作物から単なる人生の報告を聞くのではない。一人の求道者の人間知と内的経路との告白を聞くのである。

九

利己主義と正義、及びこの両者の争いは先生が最も力を入れて取り扱った問題であった。

『猫』は先生の全創作中最も露骨に情熱を現わしたものである。それだけにまた濃厚な諧謔をもって全体を包まなければならなかった。この作はおそらく先生の全生涯中最も道徳的癇癪の猛烈であった時代に書かれたものであろう。