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なつめせんせいのついおく
夏目先生の追憶
和辻 哲郎
「新小説」1917(大正6)年1月臨時号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,272 字 · 21 页
一〇
次の『道草』においても利己主義は自己の問題として愛との対決を迫られている。この作で特に目につくのは、主人公の我がいかに頑固に骨に食い入っているかをその生い立ちによって明らかにしたこと、夫や妻やその他の人々の利己主義を平等に憎んでいること、その利己主義を打ち砕くべき場合方法などを繰り返し繰り返し暗示していること、結局それがだんだん実現されそうになって行くという幾分光明のある結末が先生の作としてきわめて珍しいことなどである。この作は明らかに次いで現われた『明暗』の前提をなしている。『明暗』においては利己主義の描写が辛辣をきわめているにかかわらず、作者は各人物を平等に憐れみいたわっている。そうして天真な心による利己主義の征服を暗示するのみならず、一歩一歩その征服の実現に近寄って行った。(先生はそれを解決しなかった。しかしあるいは――自らの全存在をもって解決したのではないのか。)
一〇
恋愛と正義の葛藤、利己主義による恋愛の悲劇なども、先生が熱心に押しつめて行った問題であった。ここに先生の人生に対する厭世的な気分が現われている。恋愛は人生の中核をなすものであるが、しかしそれは正しく生きることと抵触しはしないか。