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なつめせんせいのついおく

夏目先生の追憶

和辻 哲郎

「新小説」1917(大正6)年1月臨時号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,272 字 · 21 页

青空文庫

七

超脱の要求は現実よりの逃避ではなくて現実の征服を目ざしている。現実の外に夢を築こうとするのではなくて現実の底に徹する力強いたじろがない態度を獲得しようとするのである。先生の人格が昇って行く道はここにあった。公正の情熱によって「私」を去ろうとする努力の傍には、超脱の要求によって「天」に即こうとする熱望があるのであった。

七

先生の諧謔はこの超脱の要求と結びつけて考えねばならぬ。もともと先生の気質には諧謔的な傾向が(江戸ッ児らしく)存在していたかもしれない。しかし先生は諧謔をもってすべてを片づけようとする人ではなかった。諧謔の裏には絶えず厭世的な暗い中心の厳粛がひそんでいた。先生が単に好謔家として世間に通用しているのは、たまたま世間の不理解を現わすに過ぎないのである。我々は先生の人格が諧謔を通じて柔らかく現われるのを見る時、むしろ一種の貴さを感じないではいられなかった。そこには好謔家という観念にあてはまる何ものをも認める事ができない。

先生の芸術はかくのごとき人格の表現である。

先生は自己の人格の内からさまざまな人物や世界を造り出した。この造り出し方において私は先生の芸術の一特長を注意したいと思う。