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なつめせんせいのついおく

夏目先生の追憶

和辻 哲郎

「新小説」1917(大正6)年1月臨時号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,272 字 · 21 页

青空文庫

四

先生の諧謔には常に意味深いものが隠されている。熱情、愛、痛苦、憤怒など先生の露骨に現わすことを好まないものが。そうして人々は談笑の間に黙々としてこの中心の重大な意味を受け取るのである。先生がその愛する者に対する愛の発表はおもにこれであった。(私の考えではこれが「諧謔」の真の意味である。従って真に貴い諧謔は「痛苦」から、「悩み過ぎる人」から、「厭世的な心持ち」から、人生に「快活」をもたらそうとする愛の徴証として産まれるのである。そうでないものは単に浮薄なる心の徴候に過ぎぬ。)

四

――先生は「人間」を愛した。しかし不正なるもの不純なるものに対しては毫も仮借する所がなかった。その意味で先生の愛には「私」がなかった。私はここに先生の人格の重心があるのではないかと思う。

正義に対する情熱、愛より「私」を去ろうとする努力、――これをほかにして先生の人格は考えられない。愛のうち自然的に最も強く存在する自愛に対しても、先生は「私」を許さなかった。そのために自己に対する不断の注意と警戒とを怠らなかった先生は、人間性の重大な暗黒面――利己主義――の鋭利な心理観察者として我々の前に現われた。