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なつめせんせいのついおく

夏目先生の追憶

和辻 哲郎

「新小説」1917(大正6)年1月臨時号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,272 字 · 21 页

青空文庫

五

先生にとっては「正しくあること」は「愛すること」よりも重いのである。私はかつて先生に向かって、愛する者の悪を心から憐れみ愛をもってその悪を救い得るほど愛を強くしたい、愛する者には欺かれてもいいというほどの大きい気持ちになりたいと言った事があった。その時先生は、そういう愛はひいきだ、私はどんな場合でも不正は罰しなくてはいられないと言われた。すなわち先生の考えでは、いかなる愛をもってしても不正を許すことは「私」なのである。たとえ自分の愛子であろうとも、不正を行なった点については、最も憎んでいる人間と何の択ぶ所もない。自分の最も愛するものであるがゆえに不正を許すのは、畢竟イゴイズムである。

先生は自分の子供に対しても偏愛を非常に恐れた。親の愛は平等であるべきだ。もしそれを二、三にするくらいならむしろ平等に愛しない方がいい。この事は不断に厳密な自己省察を必要とするのであるが、先生はこの点について非常に注意を払っていた。そうしてこの心がけがやがて人生全体に対して公平無私であろうとする先生の努力となって現われた。

五

先生が偏屈な奇行家として世間から認められているのは、右のような努力の結果である。