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なつくさせんき
夏草戦記
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页
娘はそれを見ると「ではちょっと拝んでいきましょうね」と云って原のなかへはいっていった。……二尺あまり盛りあげた土の上に、表へただ名号だけ書いて、ほとけのぬしの名のない小さな墓標が立っている、娘はあたりに咲いている夏草の花を手折ってその墓に供え、しずかに膝まずいて合掌した。
「あの方ではないでしょうけれど、あの方とごいっしょにいらしった方ですのね、どうぞ成仏あそばしますように……」
かなりながいあいだ、口のうちで唱名念仏していたが、やがて娘は立ちあがって膝をはたき、そっと目礼をして道へ出た。子供たちは興を失ったものか、もう向うのほうで蜻蛉を追うのに夢中である。娘は背負った包みの結びめを直し、いかにも痛そうに右足をひきながら、ふたたびとぼとぼと北へ向ってあるきだした。小谷隊のあとを追って、……そのたより無げな足どりをせきたてるように、ときおり道から埃を巻きたてる風が、草原のなかにある墓をも吹きはらっていた、娘の供えたのは夏草の名もなき花である、それがなんと似つかわしかったことだろうか、墓のあるじもついにおのれの名は立てなかったのだから。……一年と経たぬうちに墓標は倒れるであろう、盛りあげた土はすぐ崩れるに違いない、しばらくすれば元のように夏草が生い繁って、そこに墓のあったことさえ忘れられてしまう、だが、そうして