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ゆうもやのなか
夕靄の中
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1952(昭和27)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,522 字 · 19 页
四
老女は頷いた、「――それをうかがえばもう充分です、あのこがどんなに喜んでいたかがわかります、わたくしもこんな嬉しいことはございません、貴方、有難うございました」
そして、老女は墓に向って、こう囁いた。
「よかったねえ、おいね、おまえは仕合せだったんだねえ」
彼も心のなかで、墓の主に云った。
――嘘を云って済まないが、おまえのおっ母さんが喜んでるんだ、勘弁して呉れるだろうな、おいねちゃん。
だが彼はあっと云った、とつぜん右の腕を掴まれたのである、強い力で、右の二の腕をぐっと掴まれ、ふり向くと、あの男がそこに立っていた。
「橋場身内の半七だな、騒ぐなよ」
男はこう云いざま、こっちのふところへ手を入れて、短刀をさっと取りあげた。みごとな手並である。老女は茫然と眼をみはっていた。
四
老女との話に気をとられていた。相手がそこへ来たのも知らなかったし、短刀を取られてはっとしたが、すぐには口がきけなかった。
「な、なんですか、貴方はどなたですか」
「とぼけちゃあいけない」
その男は眠たそうな眼で、側であっけにとられている老女をちらと見、それから皮肉な冷笑をうかべながら云った。