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ゆうもやのなか

夕靄の中

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1952(昭和27)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,522 字 · 19 页

青空文庫

それから取りあげた短刀を、ゆらゆらと揺りながら、

「そいつはとんだ迷惑をかけた」と低い声で云った、「――桐生の機屋にいるのが、おれの友達で、そいつがまた半七という男を好きなんだ、まちがいのないように頼むと、急飛脚をよこしたので、千住で見張っていたところおまえを見かけ、てっきりこいつと思いこんだわけさ、半七という男は仲間を斬って逃げたんで、捉まればお繩になる、もちろん、こんな話はおまえさんには関係のないことだろう」

そして、持っている短刀を見せ、

「だがひとつお節介をさせて貰おう、想う娘に死なれたからって、思いつめて死ぬなんざあみれんすぎる、そのくらいなら、こうしてあとに残ったおふくろさんの面倒をみてあげたらどうだ、そのほうが、死んだ娘のためにも功徳になるぜ」

「まあとんでもない、どうかそんな、わたしのような者のことなんぞ」

「なあにこいつはただ云ってみただけのことさ、……迷惑をかけて済まなかった、この危ないものはおれが預かってゆくぜ」

その男は短刀をふところへ入れた。かちりと音がしたのは、十手があったからだろう。じっと細い眼でこちらを見つめて、それから悠くりと去っていった。