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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
河口は出てゆき、良江は増田に酒をすすめた。増田はもう定量以上に飲んでいたけれども、自分では感情を害しているため、飲んだだけ酔ってはいないように思いこんでいて、すすめられるままに飲み続けた。
「あたしも一杯いただくわ」やがて良江も盃を持った、「お酌して下さいよ」
「いただく、とはござったな」増田は酌をしようとしたが、手がふらつくので酒をこぼした、「ははあ、おれの手は酔っちまったようだな、それっ」
「だめだめ、みんなこぼしちまうじゃないの、自分で注ぐからこっちへかして」
「済まねえ、済まねえな、良っちゃん」増田はそら笑いをし、良江の顔を見て頭を振った、「おめえ、初つぁんとこの、良っちゃんじゃねえか、へえー、こいつは大きなおどろきだぜ」
「また胸が鳴りだしたかい」
「胸が、――ああ胸か」増田は衿をひろげて、胸毛のところをさぐってみ、ふしぎそうに首をひねった、「へんだぞ、ことんとも音がしねえ、心臓も酔っちまったかな」
「どら、あたしがみてあげる」良江はすり寄って、彼の胸へ手を伸ばし、濃い胸毛を好もしそうにまさぐった、「――搏ってるじゃないの、こんなに、ほら、どきんどきんって、――ずいぶん強い動悸だわ、あたしの手をはね返しそうだわよ」