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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
牧歌調
「そうだな」彼はたんば老人とさしていた将棋のことを思いだそうとした、「あの桂はねのところで落手をしたんだ、――あれは銀を引けばよかったんだ、4七へ銀を引いて、次に桂頭を叩く手だった」
彼の顔がみにくく歪み、涙がその頬を濡らした。
牧歌調
増田益夫は三十二歳、妻の勝子は二十九歳であった。
河口初太郎は三十歳、妻の良江は二十五歳であった。
増田夫妻は東の長屋に住み、河口夫妻は北の長屋に住んでいた。この二つの長屋が、ほぼT字形に接するところに共同水道があり、まわりが空地になっていて、水道端はかみさんたち、空地は子供たちで、どちらもそうぞうしく賑わっていた。
増田と河口は日雇い人夫に出ていた。特に仲が良いわけでもないが、でかけるときいつもいっしょだし、酔っていっしょに帰ることも稀ではなかった。――増田は河口のことを「初つぁん」と呼び、河口は増田を「あにき」と呼んだ。
かれらの妻たちも、共同水道で毎日のように顔が合い、他のかみさんたち同様に、ぐちをこぼしあったり、人のうわさや蔭口や、そのほか数え切れないほどの話題について、おしゃべりの快楽に耽るのであった。――だからといって、二人が特に親密だというわけではない。