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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
「たのむよ親方、おらあもう帰らなくっちゃならねえんだ」
増田は相手を捉まえようとしてよろめき、どこかの家の戸袋へ倒れかかった。
「静かにしておくれ、誰だい」と女の声でどなるのが聞えた。それみろ、かかあは逃げやしねえや、ちゃんとうちにけつからあ、と呟いた。そうして戸袋からはなれ、頭をひねって考えた。
「待てよ、まあ待ってくれ」と彼はあたりを見まわした、「あの屋台店で鬼ころしをひっかけてよ、それから横丁へ曲って、――どっかではしごをやったな、いや、いやそんなこたあねえ、ねえか、ねえとすると」
「誰だい」とまた女が云った、「そこにいるのは誰だい」
「べらぼうめ」と増田がどなり返した、「そこにいるのは誰だい、とはなんだ、てめえの亭主の声を忘れるようなかかあが、どこの世界にある、そんな不実なかかあがどこの世界にあるかってんだ」
障子があいて、電燈の光りが格子の外まで伸び、土間へ勝子が出て来て覗いた。
「まあ、おまえさんじゃないか、どうしたのさ」
勝子は格子をあけた。
「じゃないか、とござったな」増田は土間へよろけ込んだ、「へっ、そんなことう云われて吃驚するようなこちとらじゃあねえぞ、ふざけたことうぬかすな」