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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

その日の午後から、親子は腹痛と下痢で苦しみだしたのだ。しめ鯖の中毒かもしれないが、そうではなかったかもわからない。しめ鯖はうまかったし、匂いも変っているようではなかった。喰べた物はそれだけではなく、区別するのが困難なほど、雑多な食品が入り混っていた。

「これはしめ鯖じゃないな」父親は自己弁護というのではなく、症状を医学的に内省する、というふうな口ぶりで云った、「――もしもしめ鯖にあたったんならさ、まず蕁麻疹が出るか、嘔吐がおこるかするんだな、ところがおれもきみもそんな症状はなかった、これはだから、食中毒じゃないな、おれは冷えだと思うね」

子供は腹痛のため顔をしかめながら、そうだね、うん、と頷いていた。

西願寺の崖下に、殆んど毀れかかった共同便所がある。ずっと以前から使われなくなったので、朽ち乾いた板切れをつくねたようにしかみえない。いま使っているのは、その父親と子供だけで、下痢が続くあいだ、二人は小屋からそこへかようのであった。

三日めになると父親の症状はおさまった。彼の腹痛は一と晩すぎると治り、三日めには下痢も止った。子供のほうは腹痛も下痢も弱まらず、三日めをすぎるとすっかり衰弱して、崖下まであるいてゆくことができなくなった。