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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

いつか気の荒い男が怒って、挨拶ぐらいしろとどなりつけた。平さんは静かに向き直って、その男の眼をみつめた。男は突っかかってゆく気だったらしく、拳をにぎって前へ一歩出たが、平さんの動かない眼と仮面のように無表情な顔を見てうしろへさがり、そっぽを向きざまなにか捨てぜりふを云い、いそいでその場を去っていった。

「きびがわりいのなんのって」とあとでその男が云った、「あいつの眼は生きた人間の眼じゃあねえぜ、ありゃあおめえしんだんじんの眼だ、おらあ賭けてもいいが、あいつの躯に流れてる血は氷みてえにつめてえぜ、きっと」

平さんは三度のめしに、漬け物と味噌しか喰べない。味噌は買うが漬け物は自分で漬ける。しかも醤油樽五つに、それぞれ違った物を違った方法で漬け、年じゅう絶やすことがなかった。――ぼろ布を買いにでかけるときは大きな麻の袋を持ってゆく。そして小屋の窓は中から、開き戸は外からと鍵を掛ける。この「街」で戸閉りをする家は、ほかに二軒しかないし、その二軒は戸閉りをするために、なにかうしろぐらいことをしているのだろうとそしられ、幾たびか家の中を荒されたものだ。つづめていえば、ここの住人たちにとって、家に戸閉りをしなければならないような物を持っている、ということは徳義に反するからである。