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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

この師弟の関係は単純ではなかった。

先生のご郷里はどこですか、と八田青年がきく。すると先生は、日本だと答える。きみ、日本のようなこんな蚤のくそみたいなようなちっぽけな国で、出身地がどこだここだなんというつまらないことに拘泥するようじゃだめだぞ、生れはにっぽん、それでいいじゃないか、というのであった。

また、先生がふと、きみのくにはどこだときく。すると八田青年は非常に重大な秘密でもきかれたかのように、膝を固くして坐り直し、頭をふかく垂れて、その問題にふれていただきたくない、と答える。ぼくの一身は国家に捧げたものであり、皇国万代のためにはこの身をよろこんで犠牲にする覚悟であるが、親きょうだい、一族縁類に迷惑をかけるのは本意でない、と云うのであった。

寒藤先生がにっぽん蚤のくそ説を提唱したとき、八田青年は顔面の一と皮下でほくそ笑んだようであるし、八田青年が一身犠牲論で一族縁類を庇ったとき、先生はなにかに蹴つまずいて、舌打ちをしたいような顔つきをした。

憂国塾には夜具が一と組しかない。先生は八田青年に、荷物はいつ着くのかときいたら、そんな物はなに一つない、と青年はあっさり答えた。