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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
せい子は次を待った。いよいよ先生が突撃を開始するものと思ったらしい。なるほど先生はそのつもりだった。けれども現実は常に散文的なものだ、先生の心臓が十八歳の少年のようにときめいているのにもかかわらず、舌は頑として譲歩しないのであった。
ビスマルクまたいわく、敗走する兵は落花の如し、これを戦線に戻さんとするは、落花を枝に返さんとするに似たりと。
せい子はそれでもなお次を待った。まさか大ビスマルクだけがねばるとは思わない、次にはいろっぽい言葉が出てくるだろうと考えたから。けれどもビスマルクは強情であり頑迷であった。
先生の額に汗の粒がうかび、その眼は涙ぐんできたのに、舌はさも得意げに「ビスマルクいわく」をもてあそんで飽きなかった。
せい子にはつきあうかみさんたちがなかったので、先生のことをなんと評したかわからないが、先生を見る表情から察すると、朴念仁より点数がよくないことは確かなようであった。
あの「のんべ横丁」で労働者と喧嘩になったのも、おそらく先生の意志とは無関係に、舌そのものが勝手な自己主張をしたのだろう。さもなければ、先生たる者が共産党の歌をうたいだす、などという道理がないからである。