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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
「他人行儀、――きみはいつもへんなところへへんな言葉を持ってくるが、いいよ、それじゃあきくがね、いま云ったナッチャリーてのはなんのことだい」
「ナッチャリーはナッチャリーじゃないの、大学中退までいったくせしてあんた知らないの、は、じ、めさん」
福田くんは階下の人たちに気がねして、喧嘩をするにも高い声はださない。光子も同様であった。
光子も同じように、大きな声はださなかったが、まるでとろとろに溶けた黒砂糖が流れ出るような、ねっとりとしたわる甘い鼻声だから、階下の相沢七三雄はしばしば誤解し、妻のますさんの肩を突ついた指で、天床を示し、「しっ」と云って耳をすますように、手まねで教示することがあった。
「ちがうよ、いやな人だね」ますさんはそんなことにまったく興味を示さない、夜なべの内職をしながら無関心に亭主をたしなめる、「ただ喧嘩をしているだけじゃないか、あんたときたらすぐへんなふうにばかりとるんだから」
「おめえはまた勘がにぶいときてらあ、なんにも感じねえんだからなまったく」
「おなかのが産れると子供は八人になるんだよ」ますさんはやり返す、「あたしゃもうごめんだよ、へんなこと感じちゃってぐずったって、あたしゃもうまっぴらだからね」