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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
「だからあたし、いつでも大いばりで古市へ帰れるのよ」光子はうっとりしたように眼を細めて云う、「財産のことでなにか云われやしないかと思って、弟たちの騒ぎはそれこそたいへん、少し大げさに云うと、楽隊付きで駅へ出迎えるような騒ぎだわ、ねえいいでしょ、は、じ、めさん、いちどいっしょに帰りましょうよ」
相沢七三雄はごくときたま、少しよけいに儲けのあった日に、福田くんをさそって酒を飲む。彼は酒にはめのないほうだが、家族が多いからどんなに稼いでも、なかなか酒を飲むほどのゆとりはなかった。
そのうえ、飲むといっても九割までは焼酎であるし、特に、ブドー酒を混ぜた「ブドー割」という焼酎は早く酔いがまわるので、多くはそれを常飲するのであった。
「世間にゃあおめえ」と相沢は少し酔うときまってそう云った、「まいにち晩酌をする者もあるって云うぜ、まいにちだぜ福田くん、――おらあ死ぬまでに一度でもいいから、そういう身分になってみてえと思うね」
「ぼくはあんたにだけ云いますがね、ここだけの話だけれど」と福田くんは或るとき思い切ったように云った、「まいにち晩酌なんかしなくってもいいが、光子のやつと別れられたらなーって、ただそれだけが望みですね」