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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

の顔をにらむんですよ、ええ、ぼくぞっとしちゃって稼ぎにでかけるんです」

「にーっと笑って、じーっとにらむかね、へえー」

「初めっからそうなんです」

彼は郊外の大衆食堂で光子と知りあった。彼は昼のあいだ某電機会社ではたらきながら、或る私立大学の夜間部へかよってい、日曜に一度、その大衆食堂へめしを喰べにいった。お光はそこに勤めていて、多く酒を飲む客の担当であったが、或るとき彼の眼とお光の眼が合ったとたん、お光は例の唇でにーっと微笑し、眸を凝らしてじーっと彼の顔をみつめた。

「するとぼくは頭がぼーっとなっちゃって、身動きもできなくなっちゃったんです」

次にも同じようなことがあり、三度めにはお光が、めしを喰べている彼の前へ来た。燗徳利を一本と、ウィスキー・グラスを二つ、彼の前に置いて自分も腰をかけ、二つのグラスに酒を注ぐと、一つを彼に渡し一つを自分で持って、よ、ろ、し、くと云いながら、例の微笑と凝視とを、彼の内部のもっとも深いところへ、リベットを打ち込むようにしっかりと打ち込んだのであった。

「あたしがこんなところではたらいているってこと、ないしょにして下さいね、っていきなり云うんです、いきなりですよ」