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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
光子の借りている三帖には、薄い蒲団が二枚と、風呂敷包が二つあるだけで、家財らしい物はなにもなかった。
――あたしいやな結婚をしいられたから家出をして来たの、と光子は云った。箱入り同様に育てられたので、生活をするのになにが必要なのかまったくわからない、まるで河童が木から落ちたみたようなものよ。
――でも愛しあっていればお臍で茶も沸くっていうでしょ、当分これで新婚気分に満足しましょ、と光子は云った。
こうして同棲生活にはいったのであるが、彼は勤めながらの夜間大学生であり、光子は大衆食堂のウェイトレスであって、たしかに、家財道具はなくとも茶ぐらいは飲めた。お臍で沸かせるかどうかはためしたことはないが、夜間大学から帰った彼が、ノートの整理などをしていると、大衆食堂の勤めを終って帰って来る光子が、客の食い残した料理や酒などを、ちゃぶ台の上に並べて、二人の慎ましい深夜の饗宴をひらくのであった。
饗宴はたしかに慎ましやかなものだったが、光子の口から奔流のようにほとばしり出る奇っ怪な作り話は、その不断連続性と、内容のとらえがたき飛躍性とで、極めて多彩な伴奏効果をあらわし、早くも福田くんをがっちりと絞めおとしたのであった。