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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
などがいて、はら立たしげに耳こすりをすることがないでもなかった。
「おまえさん見たかい」と眼のするどいかみさんは云う、「おるいさんとこじゃ今日っから袷を着てるよ、へっ、あてつけがましい、なまいきじゃないかほんとに」
こういう長屋に住む以上は、長屋どうしのつきあいというものがある。てめえのうちでは袷を着られるからいいわで、勝手に袷を着るというのはつきあい知らずのみえっ張りだ、とその眼のするどいかみさんはきめつけたものだ。
おるいさんは敏感にこういう蔭口を聞きつける。そしてすぐに巧みな手を打つのだ。
「あんたのとこではみなさんお丈夫でいいわねえ」おるいさんは眼のするどいかみさんに向って、あいそよくこう話しかける、「あたしんとこはみんな弱いんで困っちまうのよ、あんたのとこみたいにいい稼ぎがあればいいんだけれど、うちじゃあ配達の仕事だけでたかが知れてるし、あたしが内職したってろくな物も喰べられやしないわ、だから子供たちの躯にも精が付かないんでしょうね、秋ぐちになるともう風邪をひいちまうんですよ」
そして袷を着るのは必要上やむを得ないのだ、ということを相手に納得させ、同時に、そんなことに気を使わなくても済む人たちのことが、どんなに羨ましいかと繰り返すのであった。